一日が終わらない人の夜

佐藤さん(仮名・45歳)は、機械部品メーカーで経理課長を務めている。
8年前に父を亡くしてから、
実家で一人暮らしをしていた母(76歳)が要介護2の認定を受け、
今は佐藤さんの自宅で同居しながら介護をしている。
※要介護者2:立ち上がりや歩行など日常的な動作に支えを要する
朝は母の着替えと朝食の介助をしてから出社。
日中はデスクで決算業務に追われ、
退社後はスーパーに寄って夕食の準備、母の入浴介助、
夜の服薬確認……。
子どもたちが寝静まった深夜0時過ぎ、ようやく自分の時間が訪れる。
「布団に入るのはいつも1時前後です。
でも、体は疲れているのに、頭だけが妙に興奮していて眠れない。
介護のことも仕事のことも、暗闇の中でずっと考えてしまうんです」
寝ても浅い眠りが続き、母のちょっとした物音で目が覚めてしまう。
朝は5時半に起きるが、
起きた瞬間から「今日も一日、乗り切れるだろうか」
という重さを感じていたという。
「眠るための一杯」のつもりが、逆効果だった

眠れない夜が続いていたある時期、
佐藤さんは「寝る前にお酒を飲めば眠れるかもしれない」と考え、
缶チューハイを1本、布団に入る前に飲むようになっていた。
「最初の1〜2時間はぐっすり眠れる感覚があったんです。
でも、明け方の3時、4時に必ず目が覚めてしまう。
むしろ以前より眠りが浅くなった気がして、おかしいなとは思っていました」
これは、アルコールが持つ性質としてよく知られている現象だ。
寝つきを一時的に良くする一方で、体内で分解される過程が浅い眠りを増やし、
後半の睡眠の質を下げてしまう。
加えて利尿作用もあり、夜中に目が覚めやすくなる。
佐藤さんの「寝る前の一杯」は、良かれと思って続けていたことが、
実は不眠を悪化させる要因のひとつになっていた。
きっかけは、ケアマネジャーからの何気ない質問

転機になったのは、
母のケアプランの見直しで訪れたケアマネジャーとの面談だった。
母の状態を話し終えたあと、ケアマネジャーがふと、佐藤さん自身にこう尋ねたという。
「佐藤さんご自身は、ちゃんと眠れていますか?
介護をしている方って、意外とご本人が一番後回しになりがちなんですよ」
その言葉に、佐藤さんは初めて自分の睡眠と向き合った。
「母のことで頭がいっぱいで、
自分の体調なんて考える余裕がなかった」と振り返る。
ケアマネジャーからは、地域包括支援センターで紹介された保健師との相談の中で、
「寝る前の飲み物」を見直すことを勧められた。
佐藤さんが変えた、寝る前の飲み物3つのルール

保健師からのアドバイスをもとに、佐藤さんは3つのことを変えた。
1. 缶チューハイをやめ、白湯にする
まず、寝る前のアルコールをやめた。
代わりに始めたのが、白湯(さゆ)を飲む習慣だ。
体温をゆるやかに温めることで血流が良くなり、
そのあと体温が下がっていく過程で自然な眠気が訪れやすくなる、
という仕組みを教えてもらった。
「最初は物足りなさもありましたが、
白湯を飲みながら1日の終わりを実感する時間が、
だんだん心地よくなってきました」
2. カフェインは15時まで
佐藤さんは仕事中、眠気覚ましに何杯もコーヒーを飲んでいたが、
夕方以降に飲むことが多かった。
カフェインの覚醒作用は数時間続くため、
夜の飲み物の前に、日中の摂取時間を見直すことも重要だと教わった。
今では15時以降はカフェインの入っていない麦茶やハーブティーに切り替えている。
3. 就寝30分前のカモミールティー
母の入浴介助と服薬確認をすべて終えたあと、
佐藤さんは自分のための30分だけ時間を作り、
カモミールティーを淹れるようになった。
この時間は仕事のメールもスマートフォンも見ない、
「自分だけの儀式」と決めている。
「温かい飲み物を一人でゆっくり飲む30分があるだけで、
頭の中の忙しさが少しずつ収まっていく感覚があります。
介護と仕事の間に、自分のための小さな区切りができたのが大きいです」
変わったのは眠りだけではなかった

飲み物の習慣を変えて2か月ほど経つ頃、
佐藤さんの睡眠は明らかに変化していた。
- 明け方に目が覚めることがほとんどなくなった
- 朝起きたときの「体の重さ」が軽くなった
- 母のちょっとした物音では起きにくくなった(浅い眠りが減った証拠だという)
そして何より、佐藤さん自身が感じている変化がある。
「飲み物を変えただけなのに、
なんというか、自分をちゃんと労わる時間ができた気がするんです。
介護をしていると、自分の体調は二の次になりがちですが、
寝る前の30分は誰にも渡さない、自分のための時間。
それが結果的に、一番の疲労回復になっている気がします」
佐藤さんが伝えたいこと

同じように、家族の介護と仕事を両立しながら眠れない夜を過ごしている人へ、
佐藤さんはこう話す。
「頑張れば頑張るほど、自分のことは後回しになります。
でも、寝る前の飲み物を1杯変えるだけなら、今日からでもできる。
お酒に頼らなくても、白湯やハーブティー一杯で、体は少しずつ応えてくれます」
深夜0時を過ぎても終わらない毎日の中で、
佐藤さんが見つけたのは、特別な方法ではなく、
小さくて確実な「自分を労わる10分」だった。

※ この記事は取材にもとづく構成であり、
登場人物は仮名です。
介護によるストレスや睡眠の悩みが続く場合は、
一人で抱え込まず、地域包括支援センターやケアマネジャー、
かかりつけ医などに相談することをおすすめします。


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